今日もパリの街角で

数枚の写真とともに パリの日々刻々をご一緒に

今日のパリは日本B級グルメの蔓延

 

この「おにぎり」

実は

タオル地でできています。

 

とあるお店の

店頭に飾られていました。

 

当然ですが

「おにぎり屋さん」です。

 

 

左岸の

多種多様の小さなお店が並ぶ

細くて感じの良い通りにありました。

 

反対側の歩道からシャッターを押そうとした瞬間に

前を歩いていたおばあちゃまが

急に立ち止まって

前かがみに何かを探し始めたので

とっても素敵な写真になりました。

 

 

中を覗くと

「大正二年八月五日 下京」

と読める謎の樽の鏡板。

 

何じゃろ?

 

 

奥には

お箸を器用に操ってお食事中の

金髪のマダムがいらっしゃる。

 

そして

明らかに白人のフランス人中年男性が

「握って」いるではありませんか。

 

 

冒頭の写真の

タオル地のおにぎりの見えるウインドーに

お品書きの写真が貼ってあります。

 

おにぎり四種に

味噌汁

前菜用の小鉢は三品

デザートも三種。

 

最近のパリの

B級和食の浸透ぶりは凄いのです

 

ラーメンなど汁系の麺は

絶対に無理だろうと思っていたのに

今や

我も我もと昼食時に行列ができる有様。

 

しかし

出店する側としては

そこそこ技術取得も必要だろうし

それなりのハードルがあるわけで。

 

日本資本の出店が一息ついた今

もっと簡単にできる(らしい)

おにぎり屋さんが

あちこちに

「雨後の筍」状態なのです。

 

 

しかし

これは珍しい。

 

大半は

いかにも「ファストフード」の店という雰囲気で

雇われた若いスタッフが握っているか

日本人が経営しているらしい

いかにも日本人が考える

「フランス人ウケするだろう日本」の雰囲気か

中国人のファストフードの「エセおにぎり店」

なのに。

 

ここは

明らかにフランス人が店内設計したらしい

変な日本趣味を押し付けず

シンプルながら品の良い内装で

中年男性が取り仕切ってる。

 

いやあ

珍しい。

 

 

わざわざ店主が

「見ていってください」と

呼びに来て

ドアを開けてくれました。

 

 



おにぎりは週替わりの様で

「シャケ・すかんぽ・ゆず」

「梅・二十日大根

「焼き味噌・シソ」

「鳥の照り焼き」

となっております。。

 



セットは

「おにぎり3つと小鉢1種」12,9ユーロ

「おにぎり4つと小鉢2つ」18,9ユーロ

かなり強気の値段。

 

ちなみに

おにぎり単品は4ユーロ。

 

 

表に出ている立て看によると

お米は「最高級新潟米」

100%自家製手作り

を謳っていました。

 

 

店名「オ=コメ」

キャッチ「本物のおにぎり」

ロゴマークに

「新潟 日本」

と染め抜いた粋な「前垂れ」のご主人は

『Gil ジル』さん。

 

若い衆ではないものの

いなせなご主人でした。

 

流行るといいな。

 

ちなみに私の好きな具は

「葉トウガラシ」と

「山ゴボウ」ですが

今の時代のお店には存在していない模様.....涙

 

今日のパリは絵画の世界

 

昨日今日のパリは

薄曇りで肌寒く小雨混じりかと思えば

時と方角によって

真っ青に晴れ上がって

真っ白い雲がニョキニョキと沸き上げっていたり。

 

並木は場所によって

まだ緑だったり

黄葉がすでに枯れかかっていたり

さらに場所によって

珍しい紅葉したプラタナスまであって。

 

ゼーヌの水面の反射を見ていると

全くもって

「バルビゾン派」と

「印象派」の世界そのものだ

と気付いた。

 

そこで

今日はいっそそれらの絵の世界を

パロってみようじゃないか

と思い立ったわけです。

 

アンヴァリッド広場の木々の中のアンヴァリッドの教会のドーム

バルビゾン近郊の森と教会の塔

になぞらえて。

 

アンヴァリッド広場でペタンクに興じるおじさま達

森の木々は広場の木立

農夫達の代わりに

ペタンクを楽しむ退職したおじさま達。

 

アンヴァリッド広場からアレクサンドル3世橋を望む

カンバスの縦の長さ全部を使っての高く茂った黒い樹と

底抜けに高い青空。

 

アレクサンドル3世橋を経てグランパレを望む

牛が耕した畑の新鮮な土の畝の代わりに

広場の芝生

その背後の高い空に白い大きな雲。

 

グラン・パレのドームの上に覆いかぶさる大きな白雲

ポントワーズの家並みの代わりに

パリの家並みが背負う空。

 

ロシア正教カテドラルの金の塔

バルビゾンの森の代わりにパリの並木

村の教会の代わりに

ロシア正教会の大聖堂。

 

ドーフィーヌ広場

アルジャントゥイユの広場の市場の代わりに

シテ島のドーフィーヌ広場のカフェのテラス。

 

ポントワーズの広場の代わりにサン=ジェルマン大通り横の辻公園

ポール・ル・マルリーのセーヌの中州の代わりにパリのシテ島とルーブル宮

トゥルヴィルの海岸とル・トゥーケにかかる橋の代わりにセーヌの歩道橋

ル・アーヴルの港の船の代わりにセーヌの住居船

エッフェル塔を対岸に望む岸辺に舫われた

住居船のデッキは

観葉植物が林のように置かれていた。

 

モネのポプラ並木の連作の代わりにブランリィ河岸通りの紅葉したマロニエ並木

第三世界美術の殿堂

『ケ・ブランリィ美術館』の前の河岸の通りの

マロニエが

フランスでは稀な紅葉になっていました。

 

オルセー美術館の前庭の六大陸の彫像

「オルセー美術館」には

こんな価値もない写真のパロディなど及びもつかない

素晴らしい「バルビジン派」自然主義絵画と

「印象派」の絵画が溢れています。

 

ちょうど

『エドヴァルド・ムンク特別展』が始まっていたので

先日観に行ってきました。

 

よかった。

 

 

今日のパリのバス事情

 

今日は

パリの市内バスについてのお話です。

 

以前は

メトロと市バスで

「RATP パリ市交通公団」が管理していましたが

近年

国鉄の首都圏部分の郊外線網と一緒になって

『STIR 首都圏公共交通網』という組織で

「広域自治体」(日本で話題の道州制)によって

管理運営されています。

 

 

前乗り中央降りです。

 

入り口は真ん中のポールの両側から乗れたのですが

コロナ以後

過密を避ける為か

左側しかドアを開けず

右側は運転席出入り専用になりました。

 

 

乗ると下半分紫色の端末に

「非接触型IC乗車カード」をかざすか...

 

 

廃止が決まったものの

まだメトロ駅の券売機で買える

紙のチケットの改札機に乗車券を入れて

印字させます。

 

あるいはスマホのアプリで購入し

sms送ってくるでQRkp−度を見せる

 

 

前方から車内の後方を見たところ。

 

最前列は左右の前輪の覆い「山」の両側に

背中合わせの席があり

その後ろに優先席が

左右2席ずつか4席。

 

 

このバスは2席のタイプでした。

 

緑色の丸い部分が

降車する時押すボタン。

 

その後ろに

車椅子とベビーバギーの専用スペースがあります。

 

 

車内中央から前向きに見るとこう。

 

 

前から後方に向かって見るとこう。

 

 

運転席に向かって左側。

 

 

同じく右側。

 

車椅子に座った姿勢で肩の高さに

抱き込むようなパイプのガードが付いています。

 

 

降りたいバス停に近づくと

この赤いボタンを押します。

 

 

ボタンが押されると

運転席の上部と

リアウインドーのところに

赤い字で「停車要求済み」と。

 

なぜ今日の話題がバスなのか。

 

実は

走行中に

運転手さんが車内アナウンスをしたのです。

 

「皆さん

 降りたい時は赤いボタンを押して

 乗る時は運転手にボンジュールと言って下さい。

 それ以外は私が全責任を持って全て行います。

 殆どの方は乗車の時挨拶してくれますが

 最近何も言わないで乗る人も見受けられるので。

 お互い楽しく暮らしましょう」

と。

 

途端に乗客の間で

「そうだそうだ」

「あたなtの言う通り」

という声が上がり

 

拍手が起こりました。

 

当地では

スーパーのレジの係りにも

高速料金所の係りにも

普通に挨拶するのです。

 

この点だけは

フランスは自慢できる社会だと思っています。

 

 

路線図は

日本では「網棚」がある位置に貼ってあり。。

 

 

停留所を出ると

次の停留所の名前が

天井の表示器の字幕で流れます。

 

 

降車口は広く開いて

車椅子の人が乗り降りするサウは

バスの車高が上がり

床に内蔵されている(紅白に見える)渡し板が

出てきて歩道につながります。

 

 

今日乗ったバスは「ハイブリッド車」で

時速30kmまでは電動モーターで

それ以上の速度はジーゼルエンジンで

走るんだそうです。

 

車窓の景色は着ないし

メトロより断然バスが好きな私です。

 

 

今日の「お宝」

 

仏国立図書館に行ってきました。

 

1537年「王室書庫」として創設され

その後今日まで

長きにわたって

多くの書籍と美術品の収集と保存に努めてきた

施設です。

 

1994年にオープンした

ミッテラン大統領肝いりで作られた新国立図書館と

音楽部門

特にオペラとバレーの資料を収集保存している

「オペラ座図書館」と

三箇所一体となって

『Bibliothèque Nationale de France』

という組織ですが

本来の古い方は

ここ5年以上改修工事中で

今月やっと再オープンしたばかり。

 

ここの資料室「Musée」は凄いので

悪天候にもめげずに

今日行ってみたわけです。

 

一般大閲覧室 オーヴァル・ルーム

 

登録証さえ作れば

誰でもいつでも利用できる

一番大きな閲覧室です。

 

そして壁画のある2階部分に「ミュゼ」があります。

 

 

ここが「ミュゼ」の入り口。

 

 

新設の

総アルミパネル製の美しい曲線を描き出す階段は

登って行くだけでワクワクしてくる。

 

 

最初の部屋は「古代文明」から。

 

ありとあらゆる

文物が並んでいます。

 

古代バビロニアの土地権利書 紀元前1100年頃

 

以前は閲覧室だったこんな部屋が

今は展示室となっています。

 

古代ギリシアの銀貨

 

ルイ14世は

ヴェルサイユ宮で夜毎に繰り広げた夜会で

王室貨幣鋳造所で作らせたこんなメダルを

招いた大貴族たちに振る舞った。

 

ギャルリー・マザラン

天井画の見事な

ルイ13世の宰相「マザラン枢機卿」の名のついた

美しいギャラリーには

17世紀以降の主だったものを

コーナーに分けて

少しずて

しかし膨大な量で展示してあるのです。

 

ここに来るまでに

銀器宝石象牙その他

途方も無い宝物の並ぶ部屋をいくつも通り過ぎます。

 

天球儀 1693年

 

以下印刷物以外は

全て直筆です。

 

「パンセ」パスカル 手書き直筆 1656年〜62年

「法の精神」モンテスキュー 1748年

「社会契約論」ジャン=ジャック・ルソー 1764年

「ピアノソナタ 第23番」ベートーベン 1804年〜06年

ナポレオン法典 1807年

それまで各地でバラバラだった「私法」を整理統合し

国家の基本にしたこの法典は

現代日本の民法の下書きにもなっています。

 

「ノートルダム・ド・パリ」ヴィクトル・ユーゴー 1830年〜31年

「幻想交響曲」ベルリオーズ 1830年

「牧神の午後のプレリュード」ドビッシー 1894年〜96年

「失われた時を求めて、スワンの方へ」下書 マルセル・プルースト 1919年〜13年

「春の祭典」ストラヴィンスキー 1911年〜13年

「第二の性」シモーヌ・ド・ボーヴォワール 1949年

男女の不平等をジェンダーの意味から掻き起した

現代でも最先端を行く文明書です。

 

見てきた

千分の一ほどをご覧頂きました。

 

今日のパリは灰色の空

 

すっかり秋景色に染まったパリです。

 

9月の最後の週の月曜日

前夜から引き続きの雨が

一日中シトシト降り続き

寒い一日でした。

 

夕方

ほんの少し雨が止み

お散歩へ。

 

歩かないと

体力が維持できませんからね(笑

 

ところで近年

パリ市は

近代化に伴う再開発事業があちこちで行われていて

結構工事中が多いのです。

 

その一つのプロジェクトで

北西のはずれ「17区」の東側半分の

環状高速に沿った地区の総合開発の一環で

『Le Tribunal de Paris パリ市裁判所』

が数年来の工事が終わり

全館開業してまだ数ヶ月。

 

行ってみよう、と。

 

なぜなら

「灰色の空」の日に「裁判所」を訪れる

というのもオツなものではなかろうか、なんて。。

 

 

数年来

環状線を車で走るたびに

どでかいガラス製の異様な構造物が作られていて

最初はなんだろうと思っていたわけです。

 

パリには「シテ島」の中の

かつての王宮「パレ・ド・ラ・シテ」の

『コンシエルジュリー』と呼ぶ

歴史的部分を除いた部分が

裁判所として昔から有名でした。

 

「パレ・ド・ジュスティス 裁判所」

というのですが

なぜか日本では「最高裁判所」と紹介されて

そのまま定着していますが

小法廷から大法廷までいくつもの部屋があり

「一審」

「控訴審」

「最終審」

つまり

「地裁」「高裁」「最高裁」の全部が同じ建物の中で

存在しているのです。

 

 

この

新しい裁判所も同じ構造のようで

隣接して「司法警察」と「弁護士会館」が

作られているのも同じ。

 

そんなことより

特筆すべきことは

この裁判所の設計者が『レンツォ・ピアノ』であること。

 

つまり

「ジョルジュ・ポンピドゥ文化センター」

「関西空港第一旅客ターミナル」

などを手がけたイタリア人の大建築家なのです。

 

フランス人の「ジャン・ヌーヴェル」

スペイン人の「リカルド・ボーフィル」

と並ぶ

現代の三大建築家と呼ばれています。

 

 

近くで見ると

環状高速で車窓から見る以上に壮麗な規模で

三段構造のガラスの塊が

圧倒的ですが

決して威圧的ではなく

暗い感じもまったくなく

内部には快適な空間を作り出しているんだろうと

想像できます。

 

ガイドツアーもあるんだそうです。

 

高さもかなり高いので

パリのいろいろなところから見えることがあります。

 

先週撮った写真ですが。。

 

 

天高く

悪人裁く

秋日和。。。なんて句はありませんがw

 

 

マロニエの並木の通りは

他の木の並木の場所より

早く

多く

秋を感じる

今日この頃のパリです。

 

 

今日の「秋の日曜日」

 

連日

公園の話題で恐縮ですが

日曜日の午後ともなれば

お天気に恵まれれば

当然公園に人が集まることになってるわけです

パリジャンたちの思考形態だと。

 

この公園の全体像を語る前に

どこの公園にも

「児童公園コーナー」がありまして

様々に趣向を凝らした遊具が様々な色や形や使われ方で

子供達の目を惹きつけているんですが

私の目も

惹きつけられるのです。

 

 

どうです

この「汽車ぽっぽ」の

素敵なこと。

 

先頭の機関車のドラムに中に

子供が潜り込んでるのは当然のこととして

大人たちが

連れてきた子供達と一緒に

座ったり

寄っかかったり。

 

 

これもそうですが

デザインも

材質も用途も

とっても良い感じ。

 

子供達が

家庭で日常に見たり触ったりしているであろう

コイルバネ

ロープ

アルミパイプ

歯車

ネジ

リベット

などなどが巧みにデザインされていて

よじ登る

潜り込む

すべり降りる

高い所でバランスをとる

ぶら下がる

なんでもできます。

 

機関車の先端部の

貼り付けてあるアルミ板のはみ出した部分や

滑り台側面の結構大きなリベットの頭の部分など

「子供が怪我をしやすい」と

恐らく日本では問題視されそう

ですが

発想の次元が全く違うんですよね。

 

 

かと思えば

コイルバネでビヨンビヨンする遊具のデザインが

パンダ

やら

アンパンマン

ではないところが

良いと思いませんか?

 

紅白のお魚に乗ってるおじいちゃんが

可愛いし。

 

 

ここは

『ペレール公園』というところ。

 

パリの西側から

北側に街のヘリを東に走って

北の郊外に伸びる郊外電車が

この辺りは地面より低いところを走るのですが

上を蓋して

遊歩道兼公園にしてしまったのです。

 

 

結構な幅の

2kmほど続く公園で

もちろん途中で道が何本も横切りますが

その横幅の

片側や

中央部に

緑のトンネルや

バラのアーチがあるんです。

 

 

そろそろ10月だというのに

まだ薔薇が残っていました。

 

このアーチの下を通っても良いし

サイドの芝生で寝っ転がるも

別のサイドの歩きやすい遊歩道を歩くもよし

ベンチも各所に。

 

要所要所の

遊具コーナーで子供と戯れるも

また良し。

 

 

ある一角には

サイドに丸く刈り込んだラヴェンダーが

ずらりと並び。。

 

 

かすかに

お花が残っていました。

 

そして。

 

 

芝生のある部分で

近くの家族が子供のお誕生日会を

仲良しのお友達を招いて

絶賛開催中。

 

ちょっとした飲み物とお菓子と

多少の飾りつけを準備すれば

あとは芝の上で遊び放題

遊具でも遊び放題

使用料などかかりません。

 

 

もちろん

カップルだって

二人っきりでお昼寝できますし。

 

日曜日の午後は

公園に限ります。

 

 

今日のパリの「百人百様」

 

ママと僕

同じポーズだもん。。

 

毎日出歩いてパリの街を観察してますと

結果として

パリの人間模様の観察記録

ということになってしまいます。

 

百人百様

百人百態。

 

実に興味深いものがあります。

 

 

こんなお嬢ちゃんに

こんな目で見つめられたら

パパはメロメロ

爺婆はもっとヘロヘロみなってしまうこと

確実です。

 

 

下校時間に

幼稚園に我が子たちを迎えに行っての

帰り道。

 

先頭の長女は元気に先頭で我が道を行き

最後の三女はママと手をしっかり繋ぎ

真ん中の次女は...

ハーネスとリードでママに結ばれています。

 

日本の一部の人たちが

子供をリードで繋いで歩く母親を批判するって

何かで読みましたが

「お前は何を言っとるんじゃ!」

です。

 

こんなに安全で

子供もある程度自由に動けて

一人歩きの練習ができる

良いことずくめ。

 

 

公園内の秘密基地では

孤高の人だけが

至高の時間を過ごすのです。

 

 

公園の

変わったベンチで

人の歩く方に背を向けて

タブレット操作するお嬢さん。

 

 

公園の

幼児用の「足こぎゴーカート」のコースで

自分で走れない我が子のカートを

押して走るお母さん。

 

母は大変だ。

 

 

公園の

固定チェスボードを囲んで

大勢のギャラリーに見守られて競う

ポーカーの業師たち。

 

全員揃って

じい様なのがかわゆす。

 

 

公園の

幼児用のメリーゴラウンドで

我が子を遊ばせる

ママさんたち。

 

母は大変だ。

 

いやいや

お爺ちゃんも一人いる様です。

 

 

公園の

遊具のある一角で

ぐるぐる回せる器具で大はしゃぎする

子供たち。

 

天国の様な光景だ。

 

 

公園の

ベンチでの三人三様。

 

奥から順に

本を読む中高年男性は真面目な姿勢

スマホでネットサーフィン中の中年男性はやや砕けて

スマホで音楽をイヤーセットで聴きふける若い女性は

完全にリラックス。

 

年代の差。

 

 

教会の前の

地面になぜか座り込んで

スマホで調べ物する女性。

 

その後すぐ

友達がやってきて

どこかに行ってしまいました。

 

待ち合わせ

だったんだろうけど

地面に座るか....?

 

 

集合住宅の門扉に乗っかって

ギコギコやって遊ぶ少年。

 

その後

後からパパが追いついて

揃って出かけて行きました。

 

パパが来るまでの

いたずら遊びだったんだ。

 

いやあ

人間模様は面白い。

 

実に興味深いものがあります。

 

人間観察は

哲学を極める修行と言っても

過言ではないかもしれぬ

(過言です!)w。

 

 

今日の古木・怪木・巨木

 

連日20度を超えることはない日が続く

すっかり秋めいたパリですが

残り少ない陽光を求めて

パリジャンたちは

公園に未だに日光浴に集まります。

 

そのパリは

面積はわずか105h しかなく

つまり山手線の内側より

ほんの少しだけ広いだけの街ですが

多くの通りの並木や

数多い公園などで

合計20万本の木が生きているらしいのです。

 

中には

銘木

古木

巨木

怪木

にも事欠きません。

 

冒頭の写真は

地面の上すぐから幹が枝分かれして

複雑な形に育っています。

 

 

同じような木が他にもありました。

 

おそらく

アカシアの一種だと思われますが

でも不思議な形ですね。

 

頻繁に登場する「トロカデロ」の庭園ですが

他にも。。

 

 

これは桜の木。

 

フランスの造園家たちは

桜の幹を1mほどまっすぐに伸ばし

あとはそこから上は剪定して

枝をそこから広げることが多いのです。

 

まるで雨傘。

 

それにしても

この幹の太さは

こちらではメジャーではない桜なので

何世紀も前から生きてきたわけではないことを考えると

大木です。

 

 

この木はなんだかわかりませんが

幹が何本も寄せ集まっている様な不思議な形。

 

 

ここからは

『ベルシー公園』という東の方なのですが

枝垂れ柳が

半端なく茂ってしまっています。

 

 

広い公園の中を道路が横切っており

そこを鉄製の太鼓橋で渡るのですが

その入り口に

まるでアーチのごとくに。

 

人工的にこんな風にしたんでしょうけれど。

 

 

これも種類は分かりませんが

ふしくれだって

清々しい程の堂々たる存在感。

 

次からは

パリの北側の『バティニョール公園』です。

 

 

ここには

1700年代に植樹されたプラタナスが

何本も生きています。

 

 

いずれも

根元は3人が手をつながないと

抱えられないほどの太さ。

 

 

下方の枝は

地面に触れるくらいの高さで

10mほども伸びています。

 

 

この木の一番下の左側に

枝が垂れ下がって伸びているのが

お分かりでしょうか。

 

その枝は。。

 

 

こんな風に

伸びているのです。

 

びっくり。

 

 

とにかく

プラタナスの大木の多さでは

パリで「バティニョール公園」の

右に出るところはありません。

 

しかし

姿の良い木や

見事な雰囲気の木は

何も公園だけというわけではなく

通りを歩いていても

注意すれば

そこかしこに見出せるのです。

 

 

14区『ルネ・コティ大通り』

両側の歩道以外にも

通りの真ん中も遊歩道のようになっていて

なかなか「骨のある」美木が

並んでいます。

 

ちなみに

町の東西に外れには

東に『ヴァンセンヌの森』

西に『ブーローニュの森』

合わせて1800ヘクタールの森があり

合計30万本の木が生えています。

 

その2つの森は

パリに新鮮な酸素を送るってくれる

肺のような役割を果たしているのです。

 

 

今日の秋の訪れ

 

大使館がたくさん集まっているあたりを歩きました。

 

道路際に外壁が並ぶのではなく

鉄柵で敷地を区切り

ほんの少し奥まって

まだ100年ほどしか経っていない

20世紀初頭の巨大なお屋敷が立っている

そんな一角です。

 

鉄柵の中は生垣の様に木々が茂って

建物を隠しています。

 

そんな中で

赤い身をつけた木がありました。

 

 

近寄って見上げたら

「イヌリンゴ」でした。

 

「姫リンゴ」という別名の方が

よく通用するかもしれませんが

街中でこんなにふんだんに身をつけたのが立っているのは

初めて見ました。

 

 

調べてみたら

「りんご飴」の原料として

用いられているらしい。

 

本物のリンゴより

安く上がるのだとか。。

 

こんなところにも

知りたくなかった資本主義の罠が

隠されていたことを知ることになろうとはw

 

静かな住宅地で

落ち葉や雲などとは違う視点で

秋の訪れを感じる事になりました。

 

その後

すこし離れた

品数の多い食品スーパーに行ってみましたら。

 

ありましたよ

秋の味覚の数々が。

 

 

『Coing コワン』といい

形の崩れたリンゴ

みたいな風貌の果物です。

 

日本語は「花梨」(カリン)と言いまが

「のど飴」に使われているので

ご存知かも。

 

あるいは

イタリア語の「マルメロ」で

通っているかもしれません。

 

産毛のあるものと

ツルんとしたものと

2種類あって

本当は別種なのだそうですが

どちらも混同されている様です。

 

とても硬くてゴリゴリで

ナマ食はできませんが

ジャムにする美味で

ザクザク刻んで

氷砂糖と一緒に大型広口瓶に詰め込んでおくと

数ヶ月後には

実においしいいシロップができています。

 

 

熟す前の『デーツ』も有った。

 

日本語では「ナツメヤシ」と言い

熟すと濃い茶色になって

そのままシワシワに干して保存食に。

 

その昔アラビアでは

砂漠を渡る時は必ず一房携えて

一日5粒くらい食べれば

必要なカロリーが得られたんだとか。

 

 

こちらは『ジュジューブ』と言って

これが「棗(なつめ)」です。

 

「ナツメヤシ」はヤシ目ヤシ科

「棗」はバラ目クロウメモドキ科。

 

どちらも

多くの糖分を含んでいます。

 

 

『ざくろ』は今が真っ盛り。

 

モロッコの地方の国道沿いで

農民がトラックを止めて「ざくろ」を売ってる光景が

よく見られます。

 

 

そして

秋の味覚といえば

忘れてはならないのが『栗』ですよね。

 

一般家庭では

現在はあまり食べられなくなりましたが

直径1cmほどの穴がたくさん空いたフライパンが

栗焼き用として

昔は普通に見かける台所用品で

民族博物館などでよく見かけます。

 

これから仕込んで

クリスマス前に

「マロン・グラッセ」が大量に出回る事になるのです。

 

 

白桃に

桜桃に

白ぶどうと

黒ぶどう。

 

秋深し

隣は何を

食う人ぞw

 

 

今日の奇跡

 

ねえねえ

聞いて聞いて!

 

本日

2022年9月21日水曜日午後15時20分過ぎ

パリ市内の路上に

ネコ様が

ご降臨あそばされました!!

 

はっきり申し上げて

パリ市内で

路上を歩くネコ様にお目にかかれる幸運など

おそらく100%

存在いたしません。

 

郊外や地方に行けば

表で寛ぐお姿を拝見できることは

意外にあるんですけどね。

 

しかし

しかし。

 

パリ市内では

無いのですそんなチャンスなど。

 

外に出られるような構造の町ではありませんから。

 

 

狭い一通一車線の道を歩いていると

立ち話をしていた高校生くらいの二人のお嬢さんが

反対側の歩道に移動して

なにやら座り込んだのです。

 

目の前で起きた事ですから

当然「何事だ」と

そちらを見るじゃありませんか。

 

そしたら

白黒鉢割れのネコちゃんに向かって

手を伸ばしていました。

 

やや怖そうに

やや迷惑そうに

もじもじしていたそのネコは

二人から離れて

歩道を歩き出しました。

 

 

反対側の歩道で

駐車中の車と車の通れば見えるかも

とカメラを構えていたら

なんと

車道を渡ってこちら側の歩道にやってきた。

 

なんという僥倖!

 

カメラで追うと

目の前を悠々と歩き出し

前が小さなお庭にでもなっているように

鉄柵で囲った建物があって

その柵の上の飛び乗りました。

 

 

元来

歩道に直接外壁が接する建物が殆どのパリで

偶に

少し建物が下がった位置に建てられて

前庭のような空間を

柵で囲った建て方があるのです。

 

純然たる住宅地ならではのこと。

 

そして。

 

身軽に

ひょいと飛び上がり

鉄作の一部がすき間になったところから

中に消えて行きました。

 

 

あっという間に舞台から退場し

その後

カーテンコールも一切なく

幸運の劇場は幕となってしまいました。

 

いやあ〜〜〜

それにしてもラッキーだった。

 

通りに沿った窓の縁に座ってる猫を

一回見たことがあり

別の場所の

やはり鉄作で前庭を囲った建物で

柵の向こう側に

黒猫を見たことがある。

 

ハーネスでつないだネコを肩に乗せて歩く人を二度ほど

つながずに肩に乗せてる例を二〜三度

見ただけで

飼い主なしで

自由の通りを歩く猫を見たのは今日が初めて。

 

以上が

パリでのネコ様との遭遇のすべてでした。

 

ついでに

かつて地方で見かけたネコの写真を

ご笑覧ください。

 

コルシカ島最南端ボニファチゥの旧市街の一軒の家の前で門番中のネコちゃん

コルシカ島北東部エルバルンガという海沿いの村の階段で眠りこけるネコちゃん

ブルゴーニュのノワイエ村で縄張りを見回り中のネコ様

以上

パリでは天文学的に小さな確率での

単独で歩くおネコ様に通りで遭遇したという僥倖の

自慢話でありました。




 

今日の心洗わるる(であろう)光景

 

今日は

何のひねりもなく

セーヌの岸辺と中州を歩きながら見た

心洗われる光景

をおすそわけしようと思います。

 

パリ市内を流れるセーヌが

南西の角から街を出る

その最下流の橋から2本目が

『ミラボー橋』

という

「ギヨーム・アポリネール」の詩で名高い

鉄製の橋なのです。

 

「ミラボー橋の下をセーヌは流れる...」

という

「方丈記」の冒頭のような謳いだしは

堀口大学の和訳も

素晴らしい翻訳の傑作なのですが

その橋を右岸から左岸の方に渡る時

左手が『エッフェル塔』です。

 

ポンピドゥ大統領の近代化政策で

60年代末から70年台半ばに造られた

新建築の中層住宅ビルの「醜さ」も

今や

こんな風に見ると

それはそれで。。。。。

 

 

一つ上流の橋が

『グルネル橋』で

その中ほどに

名高い「自由の女神」が

ニューヨークの方角を見て立っています。

 

 

ミラボー橋の装飾の先端に鳩が留まっていて

面白い写真が撮れました。

 

 

自由の女神の後ろは

このブログで頻繁に登場する人工の中州

「白鳥の小径」で

背景に夕日が立って

純白に輝いていました。

 

 

ミラボー橋を渡り切って

左岸の川岸の道を1kmほど上流に向かって

グルネル橋まで行ってみました。

 

よく歩く定番のルートなんです。。

 

 

橋の真ん中で

「ラ・リベルテ(自由の女神)」の背中を見ます。

 

これもお約束。

 

下流の方向が西日のある方なので

逆光で

上手く撮らないと

黒いシルエットみたいにしか写りません。

 

そして

逆向きに「白鳥の小径」に降りてゆくのですが。。

 

 

行く手から

小学校中学年とおぼしき子供達が

元気よくやってきました。

 

 

そうこうするうちに

今度は背中の方から

トレーニング中の若者たちがやってきて

追い越して行きました。

 

 

この中州は黄葉しない落葉樹ばかりで

どの木々もまだ葉っぱが付いていて

その緑の背景に

真っ赤なトレーニングシャツが

吸い込まれるように

溶け込みながら

あっという間に去って行きました。

 

そのまま進むと

面白い残骸に出会ったのです。

 

 

パリ中にわんさかあるステーションで

借りて

別のステーションに乗り捨てる

「電動キックボード」が一台

なんと

こんなところに打ち捨てられていたのです。

 

誰だか知りませんが

とんでもない奴がいたもんだ。

 

回収されることもなく

汚れ放題に朽ちてゆく姿は

哀れにも美しい....なわけないか。

 

 

毎日20度を切る

涼しい秋の日が続いている

9月下旬に入ったパリの街です。

 

 

 

今日の撮影中を撮影される人々

 

このブログに

頻繁に登場する『ビィル・アケム橋』は

何度も書いた通り

橋の上を

メトロ6号線が走る橋上橋が乗る

二重構造となっています。

 

エッフェル塔を見晴らす角度が

理想的な事と

橋上橋の橋脚の列の美しさから

パリでも有数の撮影のメッカとなっています。

 

腕に

結婚式の写真撮影の様子を以前書きました。

 

巻頭の写真のように

プロのモデルさんを使って

プロのカメラマンが撮影する

コマーシャルフォトや。。

 

 

モデル並みのポーズを決める

おそらくSNS用の撮影であろう

半素人さん。

 

 

普通の観光客の撮影まで

あれこれ

種類も目的も様々です。

 

 

最近は

通りすがりの観光客に営業して

記念写真を撮る

観光写真家の商売も出現しています。

 

 

 

お一人様で観光中の人も

当然。

 

 

ついには

ネパールだかタイだかの

お坊様まで

お写真タイムに来ていらっしゃいました。

 

 

そして

もちろんプロの動画撮影も頻繁に。

 

 

この3人は

何をしているかというと。。

 

 

かっこいいナイスミドルのおじさまが

歩いてくるシーンの撮影。

 

 

重装備のカメラマンもいました。

 

 

メトロの橋上橋の橋脚の列の下を

キックボードで走る

女性の姿を

何テイクも撮影していました。

 

 

縦位置の導線で撮影中の

彼らを

横から撮すのも

なかなか絵になる光景です。

 

 

カメラマンも

当然

被写体にしちゃいました。

 

撮影しながら

後ろ向きにインラインローラーで滑るのも

なかなか

コツがいることでしょう。

 

プロのカメラマンには

いつも感心させられます。

 

もはや古典となってしまった

『ラストタンゴ・イン・パリ』という

世界的にヒットした名作映画で

統合失調症か何かで

大きな音がストレスの

「イヴ・モンタン」扮する主人公が

この位置で

上を走るメトロの轟音に

頭を抱えながら叫ぶシーンが

冒頭で出てきたことを思い出しました。

 

 

 

今日の「魚の道」

 

強烈な台風に襲われている日本と違って

抜ける様な青い明るい空で

気温19度と

過ごしやすい日曜日。

 

今日は「ノーカー・デイ」だったはず

ということで

シャンゼリゼまで出かけてみると。。

 

エトワール広場の一角が

なにやらすごいことになっていました。

 

山程の「馬運搬車」と

馬の嘶きと

馬車の群れ。

 

 

エトワール広場に集まる12本の大通りのうち

シャンゼリゼに近い

『イエナ通り』と

『マルソー通り』にも

馬と馬車と人の群れ。。。

 

何だろ?

 

 

「ノルマンディー」の紋章の

赤地に黄獅子

をあしらった旗も散見。

 

 

騎馬警官に

何やら動きが始まった。

 

と思ったら

エトワール広場の一つ内側の道を

シャンゼリゼに向かって

移動が始まる様子。

 

自分はいつもベストタイミングで

必要な場所に現れると

自分で感心しながら追いかけました。

 

 

騎馬警官隊は

シャンゼリゼに出てすぐ

凱旋門を背にする形で行進を開始。

 

その後から

同じく横道から出てくる馬車と

エトワールから直接下って来る馬車とが

交互に続きます。

 

 

中に

「Route des Poissons ルート・デ・ポワッソン」

(魚の道)

と書いた旗を持つ人たちも。

 

それで思い出した。

 

17世紀「ルイ14世」の時代

シャンティイ城での大会食に

6000人分の魚を

「ノルマンディー」の海岸から運ばせて以来

『ブーローニュ・シュー・メール』

という「カレー」の近くの街から

パリまで

魚を運ぶ制度が出来たのです。

 

そして

鉄道が引かれた1840年代まで200年間にわたって

300kmの道のりを

24時間でパリに魚を届ける流通網が

機能していた。

 

2時間のごとの位置にある「宿駅」で

馬を交換しながら

「新鮮な状態」で魚をパリに届ける魚運び屋さん。

 

1980年頃から

その「ルート」で毎年馬車行進の催しが名物になって

沿道で70万人ほどが見物したとか。

 

2000年代に入って中断されていたのが

6年前に再開されていたはず。

 

そのイヴェントに出っくわしたわけでした。

 

それが今日だなんて知らなかったよ

らっき〜〜。

 

 

コンコルド広場めがけて

2kmほどを下る

馬車の列。

 

木製の古典的なのもあれば

ジュラルミン製の

現代の軽量なものまで。

 

そして

場違いな「おまけ」が付いていました。

 

 

なんと

「チャグチャグ馬ッコ」が

はるばる岩手から参戦していたのです。

 

かなり場違いだし

「魚の道」とは関係ないけど

岩手は海産物のおいしい土地だから

許そうw

 

 

馬上豊かに周りを睥睨する少年は

今日の為に

岩手からやってきたのだろうか?

 

今日も

珍しいものを

体験することができました。

 

 

今日の読書の秋

 

うちの近くの幹線道路には

50mおきくらいでベンチがあったりするのですが

あるベンチの横を通りかかったら

なにやら高齢のご婦人が

ベンチに置かれている本に魅入られていました。

 

なんとも不思議な光景で

通り過ぎてから

Uターンして

撮影させて頂くことに。

 

 

ね?

普通には見かけない光景ですよね。

 

なにしてるんだろう。

 

これらの本は

誰が

何の目的で置いてるのだろう?

 

 

どれも

結構硬い内容の書物のようなんです。

 

そして

反対側に目をやると。。

 

 

珍しく地上階が住居や店舗に使われていない建物に

低い位置に小さめの窓が開いています。

 

地上階をかさ上げして

微妙に半地下を作ったみたいな造りの建物の

その窓の下辺の出っ張りにも

本らしきものが見える。

 

 

ふう〜む

ますます不可思議千万なる光景。

 

最近

ショッピング・モールや

公園などに

余った本を持っている人が持ち寄って

誰でも借りて読める

フリー・ビブリオテックを設置するのが

トレンドなのですが。

 

まさか

通りの建物の

内側からは使われていない格子窓とはいえ

窓枠や

通りのベンチに

本を並べることはちと考えにくい。

 

でも

このおばあちゃま

とっても熱心に何冊もの本の

ページを捲って見入っているのです。

 

右手に買い物したビニール袋をぶら下げ

左手で

ページを繰って。

 

横にあるショッピングカートには

何冊かの本が

すでに入れられているようにも見えました。

 

 

実に

不思議かつ

味わい深い光景ではありませぬか。

 

本当に

誰が置いていったんだろ。

 

 

今日の再来

 

居たぁ〜〜〜

また出た。

 

復活!

 

1年ほど前だったか

カフェのテラスの席に座る

でかぐだ熊さんのことを書いた記憶があります。

 

あれは

元を質すと昨年2月に

何度目かの禁止措置が明けて

カフェが「テラスでのみ」開業を認められた頃

とある店が

ソーシャル・ディスタンスで

椅子にバッテンを張ったりするより

巨大な熊のぬいぐるみを

椅子一つおきに座らせてから

一躍有名になった出来事だったのです。

 

 

その後は

一頭の熊さんを席に置いてる店は

たまに見かけたものの

ほとんど姿を消していた。

 

...のですが

モンパルナスの裏道の

古き良き時代の雰囲気を残す

劇場と

ポル○ショップと

カフェと

クレープ屋(安価な食事処)とが並ぶ

猥雑な狭い通りの一軒のカフェに

いましたよ

6頭も

 

 

見てください

この「ぐだぐだ」ぶりを。

 

結構な長さの空間に

大きなテーブルを3卓だけならべて

椅子はベンチ式。

 

その各テーブルに

二頭ずつ

熊さんが席を占領してる。

 

結局スペースの割には

お客は3組しか座れないわけです。

 

ここ数ヶ月で

ヨーロッパは

ほぼ完全に「ウイズ・コロナ」体制にきり変わり

出入国に条件が課せられなくなったため

パリは

おおよそコロナ禍以前の観光客数に

戻ってるそうで。

 

中国人と

日本人の

団体だけいない状態で

年間9800万人から1億人の観光客数

のリズムに戻ってる

と言う事が凄い。

 

フランス人観光客も

以前より増えてるんでしょうね。

 

 

お客が誰もいない状態で

(店内にはいました)

暇したギャルソンが

テラスの手すりにもたれて

お迎いの店の誰かとおしゃべりを始めてしまいました。

 

肌寒く

例によって

午後一瞬だけ雨がぱらつく

「フランスの秋」らしい金曜日で

テラス席より中の方が好まれると思うものの

「客寄せベアー」としては

十二分に存在感を発揮していると

評価した次第です。