今日もパリの街角で

数枚の写真とともに パリの日々刻々をご一緒に

今日は五輪の精神の目撃者

 

シャンゼリゼに

東側のはずれ「コンコルド」から

入って

進行方向左側の緑地帯の一角に

何やらブロンズの彫刻が目に止まった。

 

 

近づいてみると

彫像の前に五輪マークが。

 

ってことは

これは

目前に迫ったパリ五輪のためのものに違いない。。

 

いつ設置したんだろ?

 

 

近年

IOCは五輪期間中に

次回開催都市の国籍の芸術家に依頼して

五輪の精神の目撃者としての作品を

開催都市の公共の場所に据え付ける企画を

行ってきたそうです。

 

Programme Plympic Art Vision

というキャンペーンらしく

別名

Olimpic Museum

だそうです。

 

ちなみに前回東京大会の際には

フランス人グザヴィエ・ヴェイヤンの作品が

東京のどこかに飾られたとか。

 

知らんかった。

 

 

調べてみると

今回のパリは

パリ五輪実行委員会が選んだ

ロサンゼルスで主に活躍している

アメリカ人女性作家『アリソン・サアール』

の作品だとか。

 

 

と言うことで

左手に持つのは

金彩の聖火です。

 

この作家は

元来

人権や平等や固有の文化の由来などをテーマに

特にここ40年

アフリカ系女性のアイデンティティーの模索に傾注して

創作活動を続けているそうです。

 

ちなみに

本人は白人女性。

 

 

右手で支えて

膝の上にあるのは

平和の象徴であるオリーヴの小枝の束。

 

 

直径5mほどの円周上に並ぶのは

世界の各地域を代表する椅子。

 

彼女に向かって左から時計の逆回りで

東アフリカの折りたたみ椅子

中央アメリカの子供用の椅子

本来は陶器製の中国の樽型椅子

昔のフランスの田舎風三脚椅子

古代オリンピアードの絵にもみられるグレコロマンの

代官椅子

ヨーロッパの近代の椅子。

 

 

ちなみに

観光客などが座っても

叱られないそうですよ。。。

 

作品のタイトルは

「サロン

制作のテーマは

フランスとパリの複合文化主義

 

 

この作家は

回収材料と自然物質のみを使用するそうで

この作品群も

台座は環境汚染や各種変動に抵抗力の強い

中央フランス火山地帯の花崗岩と

アルプスの溶岩で

ブロンズ鋳造は

二酸化炭素排出を最小限に抑える

フランスの加工技術のノウハウで

制作はフランス国内で行った。

 

五輪が終わっても

2024パリ五輪の記憶を伝え続けるために

ずっとその場所に置き続けられるそうです。

 

 

今日の闇雲な螺旋

 

ぐるぐる。

 

別に

意味もなくぐるぐる。

 

靴屋さんの店内ですが。

 

たくさんの

カラフルな素敵なお靴が

ぐるぐるグルグル。

 

謎だ。

 

 

ヒールは無くとも

螺旋はある。

 

シルバーだったり

ブラックだったり。

 

 

エナメルだったり

ラメつきだったり。

 

 

 

濃かったり

薄かったり。

 

 

ブーツだったり

ミュールだったり

尖ってたり

尖ってなかったり。

 

 

ゴールドは

時空を超える。。

 

 

メレダイヤ風も

定番なのだ。

 

 

つま先が

有るか無いかも

問題ない。

 

 

螺旋は

時も民族も思想も超えて

みんなを虹の彼方に

お連れします。

 

本日は

意味のないファンタジーでした。

 

 

 

今日のパリは235年目

本日の写真はすべて@FranceTelevision から

 

今日2024年7月14日から

遡ること235年。

 

パリで革命が始まった。

 

この日をもって

「フランス共和国」が誕生した。

 

どの時点を革命の勃発と定めるかには

いくつかの考え方があり

1880年に革命勃発の日を

国の祭日に定める協議をした際

パリの民衆が「アンヴァリッド(廃兵院)」を襲撃して

武器保管庫から大量の銃器を奪った

前日の7月13日も大いに考慮されてきたし

アンシアン・レジジューム(旧体制)

が破棄された8月4日という考え方もあったが

結局「バスチーユ牢獄の襲撃」の日を持って

国民の祝日に指定された。

 

日本では

この日のパリを描いた戦前の映画の邦題から

「パリ際」

と呼ばれている。

 

 

例年シャンゼリゼで行われる

大統領の全軍閲兵と

各部隊及び兵器車輌の分列行進は

今年は

シャンゼリゼ出口のコンコルド広場に

五輪の一部競技の会場が設置されているため

「フォッシュ大通り」での開催となった。

 

 

フランス国軍全部隊の指揮官と代表兵士が会両側に整列し

凱旋門から

大統領が終点の広場に設置される貴賓席まで

車輌で閲兵し

貴賓席前で式典が行われる。

 

 

 

ノルマンディー上陸作戦に参加した

9カ国から招かれた兵士達も参加して

各軍の参謀長や総司令官が大統領に紹介される。

 

 

それが済むと

フランスのあらゆる軍関係の士官学校学生と

全ての部隊の精鋭の行進。

 

 

 

有名な「外人部隊」は髭面で

最前線で攻城戦の際に

城門を打ち砕く「斧」を担ぎ

革の前掛け着用が

伝統。

 

 

国民に一番人気があるのは

消防部隊。

 

フランス消防隊は陸軍に属し

単に火災出動だけではなく

医療用救急車の派遣や

鍵を家に中に忘れて外出したり

バルコニーに出て窓に鍵がかかってしまった時など

パリ市内だけでも

年間50万件ほどの出動があり

全国民に愛されている。

 

 

 

 

兵士たちの行進が済むと

全国各地から秒単位で計算して集結した

各種航空機が

凱旋門上空から

通りの高度300mを飛行する。

 

 

全軍の行進が終わると

大統領が公務で外出する際に前後を固める

近衛義状隊が貴賓席まで行進してくると

最後尾に五輪のトーチを持った士官がいた。

 

 

 

 

 

後方からカラフルな人員が行進してきて

聖火を持った士官を追い越し

その後。。。

 

 

五輪の話を形作る。

 

 

 

 

 

今日パリに着いた聖火の受け渡し。

 

 

 

白のジャージの上下の青年達は

おそらく選手達だろう。

 

貴賓席の前で

全員にトーチが手渡しで回されてゆく。

 

 

 

 

その間ずっと

消防部隊音楽隊のコーラスが感動的に

続いた。

 

 

全員がトーチに触り終えると

代表が掲げながら

全員が退出。

 

それが終わるのを待っていたかの様に

アクロバット飛行隊の登場。

 

 

 

 

今年は五輪の準備で場所が変わり距離が短く

部隊行進も数が減り

さらに

航空機の数もうんと減って

車輌の行進が全くなかったことで

1時間半程で終了した。

 

 

終わった直後の空には

トリコロール(三色旗)の飛行雲が

うっすらと漂っておりました。

 

 

今日の国会議事堂は闘うヴィーナスがお出迎え

 

パリ五輪開幕まで

あと24日。

 

日本で想像するほど(知らんけど)盛り上がっていない

パリ市内は

依然としてコートを着た人も見られる

夏らしくないお天気で

パリジャン達は

五輪に

さほどの関心を示している様には見受けられない

今日この頃。

 

そんな空気の中で

国民議会(下院)議事堂である『ブルボン宮』の正面に

ミロのヴィーナスが

勢揃いしている。

 

 

六人もの

カラフルなヴィーナスが

本来は無いはずの両腕に

それぞれの闘いの武器を手にして。

 

 

実になんとも

ポップな光景と

言わざるを得ないではありませぬか。

 

左から順に。。

 

 

赤紫のヴィーナスは

テニスのプレイヤー。

 

 

黄色のヴィーナスは

木久扇師匠ではありません。

 

サーフィン選手のヴィーナスです。

 

 

ブルーのヴィーナスは

バスケットボールの選手。

 

 

オレンジ仕掛けのヴィーナスは

アーチェリー。

 

 

赤いグローヴが生えるヴィーナスは

緑のたぬき

ならぬ

精悍なるボクサー。

 

 

イエロー深紅のジャヴェリン(槍投げの槍)を構える

深紅のヴィーナス。

 

古代からの

最高の美術品を大量に有するフランスは

実は

ポップアートが大好き。

 

笑点メンバーもかくや

福岡の成人式会場も真っ青

と言えるほどの

色鮮やかな衣装に身を纏ったヴィーナスによる

勢揃いのお出迎えには

来週の第二回投票で確定する新国民議会議員たちも

きっと頬が緩むに違いない。

 

 

本家元祖のご本人は

失われた腕をもらって

溌剌と競技場で躍動する(かもしれない)分身達に

きっと満足することでありましょう。

 

 

8万人収容の陸上競技場

6万人収容のサッカー場

多目的室内競技場

プール

4大メジャーをやるテニス場

などの既存施設はそのまま使い

残りの多くの競技が

鉄パイプを組み合わせて作る

臨時会場で行われ

終了と同時に撤去される。

 

 

色々市民生活に迷惑が及んでいるものの

どっかの国の五輪みたいに

3兆7千億円

なんて膨大な税金を浪費しないところは

褒められるところだと

思うのであります。

 

 

今日のパリは待ちかねて。。

 

世界的が

ラ・ニーニャ現象とやらで

あつい

あつい

と騒いでるらしい。

 

北中米から

アジア中央部を経て中東経由欧州まで

熱波が渦巻いてる。

 

らしい。

 

ただし

その気象図は

イベリア半島とフランスにだけ

及んでいないのです!

 

 

今日の午前中も

霞が掛かった空に隠れて

お陽様は

恥ずかしそうに引っ込んでたりした。

 

毎日

午前中は10度から最高でも14度

午後にやっと21〜22度止まり。

 

その上

1日の何処かで小雨が降る。

 

もう

6月も下旬だぞ。

 

洋服屋さんのウインドーは

5月にはいって

一斉に初夏の色彩に溢れたのですが。

 

カラフルで

軽い生地の夏らしい服が

全然売れずに

虚しくぶら下がってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この色彩の氾濫は

お天気の反乱で

ウインドウの中だけにとどまらされた

小宇宙。。

 

あと1週間で

今年の夏のバーゲンが始まると言うのに

これらの服は

正価で変われることなく

値下げで処分されてしもうのだろうか。。

 

 

 

謎のデザインのバッグが

やけくそ状態で

人目を引くのも

心悲しい。

 

 

7月中ばにバーゲンが過ぎると

ウインドウは秋物に取って代わられるのです。

 

欧州の8月は

すでに秋の気配になるので。

 

そんな

夏が来ないパリで

とうとう真夏の格好で

表を練り歩く

痺れを切らした人を見つけました。

 

 

チェーンジャラジャラの男性は

結構厚手の生地の上着姿でも

連れも女性は

思いっきり

背中に生地がない盛夏仕様。

 

そうですよねえ

肌をやきたいですよねえ。

 

もともと夏が短い欧州では

肌を焼く事は

特に女性たちにとっては

夏を楽しく過ごした証であると同時に

ビタミンDを補給する

大切な行動なのでありますから。

 

おじさんの目を

楽しませてくれる事も

ありがたい事ですしね(笑

 

 

今日のパリは目玉が溢れている

 

以前

パリでも日本のテレビ番組を見ることができる

『JSTV』という民間衛星放送会社で

日本の番組を毎晩見ていたのですが

『せかほし(世界はほしいモノにあふれている)』

という番組が

お気に入りの一つでした。

 

天真爛漫なJUJUさんが

弟の様に優しく接する

今は亡き三浦春馬クンとの掛け合いが

見ていて心地よかった。

 

そして今

「パリは目玉に溢れている」

ことに気がついた。。

 

 

何気なく目が行ったウインドーの中に

目ん玉だらけの

ジャケットがあるではないか!

 

 

そしてさらに

なんとバッグも

目玉親父

ならぬ目玉バッグ。。

 

これだけなら

別に騒ぐこともないのですが笑

 

 

別の

香水屋さんのウインドーに

でっかい黄色い大輪の花が。。

 

とおもったら

目玉だ!

 

なんか

とても愉快な気分でカメラを向けていたら

不思議な違和感が。。

 

 

小さなモニター越しで

はっきりとは見づらく

定かではないものの

なんか目玉の大きさが違う。。

 

と思ってたら!

 

 

 

とっ...

閉じた!

 

あっという間の出来事で。。

 

すぐまた

つぶらな瞳はパッチリと。

 

 

1分間隔くらいで

一瞬

ウインクをするんですよこいつ笑笑

 

カメラをウインドーに向けて

笑い出したら不審者だとおもわれても困るので 

噴き出すのを懸命に堪えた私を

褒めてくやってださい笑笑笑

 

そういえば。

 

 

駅中やらモールやら

あるいは賑やかな商店街で

こんなウインドーの店せを

近年

パリ中(おそらくフランス中)で

見かけます。

 

「虹彩」の顕微鏡写真を撮影して

パネルにしてくれるお店。

 

指紋認証より

瞳での認証の方がより精度が高い

と言われるほど

瞳の造作は誰一人同じではないんだそうで。

 

それを拡大すると

とっても綺麗なんだというわけです。

 

何軒もあるのに

いつどこの店のまえを通りかかっても

常にお客が入ってるんです。

 

 

世の中

面白い商売があるものだ。

 

壁に耳あり

パリに目あり。

 

 

今日もクマは居る

 

今を遡ること三年ばかり前

コロナ禍の最初の頃

フランスはパリ市に厳密なロップダウン体制を敷いた。

 

バスと地下鉄は走っていて

市役所や行政機関は開いていたが

あらゆる商店が営業を停止し

カフェもレストランも閉まり

美術館も映画館も劇場も活動を停止した。

 

市民は

通院や行政サーヴィスの受給ため以外は

毎日1時間だけ

自宅から半径1kmの範囲で

一定条件の元に散歩ができたのみだった。

 

そんな頃

町中がゴーストタウンの様な寂しさの中で

あるカフェのオーナーが

歩道のテラス席を撤去せず

そこに

等身大のクマのぬいぐるみを座らせた。

 

 

それがきっかけとなって

パリのかなりのカフェやレストランが

同じ様な行動に出て

ちょっとした市民の慰めとなっものだった。

 

そして今

パリはコロナ禍以前以上の観光客で

大賑わいとなっている。

 

 

 

そんなパリで

今でもクマさんを「優遇」しているカフェに

時々出会うのです。

 

 

なんだか

モロ懐かしい。

 

 

あの異様な日々の光景がまざまざと脳裏に蘇り

こんな言い方は変だけど

懐かしい気持ちすら湧き上がってくるのは

なぜだろう。

 

 

人々は

未知のウイルスの脅威に怯えつつ

平静さを失わずに

やっとのことで「普通の」生活を取り返してきた。

 

それなのに

相変わらず

民族皆殺しのような愚行が世界の各地で続いており

止む気配はない。

 

人間の存在の意義って

一体何なのだろう?

 

 

 

今日は薫る五月の風を愛でる

 

とある角の建物の地上階に花屋さんがあって

その店先から

カラカラ

カラカラ

音が聞こえてきた。

 

振り向くと

ここ数年流行りに流行った造花の飾りみたいな

でも

少し違う賑々しい店構え。

 

 

なんとまあ賑やかしい飾りつけでは無いか

よおく見ると

なんと

店の入り口を覆っているのは

大量の「風車」でした。

 

 

実にカラフルな

セルロイドかプラスチックの風車が

からから

からから

音を響かせあっているのです。

 

百花繚乱の如きシンフォニー。

 

しかも

花屋にふさわしく

綺麗なお花にも見えるし。

 

 

店頭の

売り物の鉢物にも

そこかしこから風車が飛び出していて

ジョウロを鉢にみたてて

お花に見立てた風車が突っ込んである。

 

中に

蜜蜂もいた!

 

 

実際に

風車自体も売られています。

 

蝶も混じってる。

 

セルロイドの風車と同じ様な色合いの

別の素材のお花も一緒に

売られてる。

 

 

玄関口から中を覗くと

至って普通の花屋さんの店内の様に見えて

なんと

上も見ると

天井全体に

お花が逆さ吊りに

飾られているではありませんか。

 

すげえ。

 

圧倒的なお花の空間。。。

 

カラカラカラカラ

無数の風車が回るときにおこすリズミカルな音楽を

背中にしながら

幸せな気分で歩き続けました。

 

 

 

連日の小雨混じりの薄寒い天候の中で

時たま初夏の日差しに恵まれる瞬間があって

建物のアパルトマンの窓辺には

初夏らしいお花が

飾られている窓が

何軒か見られました。

 

一雨ごとに寒くなる

秋みたいな日々ですが

はやく

一雨ごとに暖かく

なって欲しいという願いを

先取りするかの様な

色彩溢れる風車の集団と

彼らが奏でるささやかな音楽とに

お天気より先に

心が明るくなった午後でした。

 

 

 

 

今日のパリは晩春も曙

 

4月最後の日曜日。

 

何をとち狂ったか

早朝にセーヌまで行ってみた。

 

早朝といっても7時20分頃で

それほど早朝でもありませんね

すみません。

 

 

連日の

薄曇り時々晴れ間

ところによって

小雨

という日が続いているので

とっくに日の出の時刻は過ぎているにもかかわらず

空はまだ暗かった。

 

そして

突然雲の切れ目から

旭日が差してきたのです。

 

 

ほんの1分間ほどの間に

雲の裂け目を押し広げるかのように

光芒が広がり

強さを増して

みるみる

眩しくなって行きました。

 

 

アポロンの放つ光の矢の束が

目を鋭く射抜きます。

 

暗く

気温も6度ほどしかなくて

肌寒いのにもかかわらず

例によって

既にSNSの撮影者が出張っており

ボディコン黒ラメのミニのワンピのお嬢さんが

くねくねと歩く後ろ姿を

カメラが折っていました。

 

いつものことながら

見せられる方は

痛い。

 

 

そして

ウエディングフォトの準備をするグループも

おりました。

 

 

この場所は

連日ウエディングフォトの撮影グループが

引も切らさず

集まるのですが

今朝見たケースは初めての

派手派手な

造花の群れに

驚いた。

 

暗い中での逆光だからまだよかったけれど

もう少し時間が経って

初夏のように晴れ渡るとすると

これまた随分痛い光景だと想像して

思わず苦笑。

 

風薫る五月まで

いよいよあと二日を残すのみ。

 

光陰矢のごとし。

 

 

今日のパリは七変化の空模様

 

4月も最後の週になってしまっているというのに

パリのお天気は全く定りません。

 

毎日

朝方は2度から4度で

午後の最高気温も8度から11度。

 

連日

終日雲が多く

時々晴れ間が出て

ところによっては小雨がぱらつく

という天気予報が

テンプレのように続いています。

 

 

午前8時頃ですが

曇り空のほんの一角に

青空が見えていたり。

 

 

この10日間で

2日ほど

陽光が2時間ほど燦々と輝く時間帯があって

そのうち1日だけ

午後14度まで気温が上昇したのでした

 

 

まさに

3歩進んで2歩下がる毎日ですが

緑は目に見えて急速に増えてきました。

 

 

場所によって

植えられている樹木の種類が異なり

緑の進行状況は異なっています。

 

日差しにめぐめれている間は

初夏を思わせる輝きなので

冬の暑いコートは着たくない。

 

でも午後でも気温は10度前後しかなく

肌寒いので

出歩く際の服選びが難しい

そんなパリです。

 

 

でも

曇っていても

肌寒くても

辻公園で休息する時は

新緑が茂り始めた木陰のベンチに

座ってしまうのは

条件反射なのでしょうかね。

 

 

一気に太陽が出て

雲がなくなると

例の「ビィル・アケム橋」の上は

SNSの撮影者と

観光客が大勢で撮影に夢中です。

 

 

ウエディング・フォトのカップルも

ちらほら。

 

リムジンが

まるで鯨のようにその存在を主張していました。

 

 

船が舫やわれている岸辺に

車座の人たちがいた。

 

 

まだ午前中なのに

こんなところで何をしてるんだろうか

ちょっと気になりました。

 

 

晴天になっても

結構冷たい風が吹いていたり

油断していると雨が降り出したり

不安定なままの春が続き

そのうち一気に夏が訪れるのでしょう。

 

花粉も飛んでいるようで

目が痒くて仕方のない

今日のパリです。

 

 

 

今日もパリは人も風も吹き抜ける

 

パリには

今でも風車があります。

 

場所は

パリの北のはずれ

「モンマルトル」という丘の斜面です。

 

2000年ほど前に

シーザーの遠征軍が地元住民を破り

地元民の集落があったセーヌの中洲

今のシテ島を拠点に

ルテシアという名で

ローマ人の街が造られた。

 

そこから北に4kmほどに小高い丘があり

天に一番近い場所ということで

水星の神メルクリウスの神殿を建て

さらに

周辺を見張るのに絶好の場所であるため

兵士を駐屯させた

そんな場所。

 

 

3世紀初頭

まだキリスト教が非公認で

邪教として弾圧されていた時代に

この地で布教に当たっていた「ドゥニ」という僧侶が

処刑された場所。

 

彼は切り落とされた自分の首を拾い上げ

8km先まで歩いて

清らかな泉で汚れた首を洗って

コト切れた。

 

殉教したドゥニはその後聖人に列せられ

「サン・ドゥニ(聖ドゥ二)」となる。

 

 

9世紀に修道院が建立され

10世紀にはその周りに集落ができた。

 

しかし

狭い丘の頂はスペースが限られ

水の便も良くないため

村として発展する余地がほとんどなく

斜面を切り開いて葡萄を植え

斜面の風向きのいいところに風車がたてられ

ワインを作り粉を挽いて生業とする

ありふれた小さな村のまま

700年ほどが過ぎて行った。

 

 

19世紀後半に

売れない芸術家の卵たちが住み着くようになる。

 

時を同じくしてパリは城壁がこわされ

その外側まで拡張された際に

丘もパリ市の中に含まれ

街らしい建物ができ始める。

 

その頃からの風車が2基残っており

「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」

ギャレットの風車小屋とよばれて

ルノワールの絵にも描かれている

屋外ダンスホールが開業したりした。

 

その頃の風車小屋。

 

 

 

裏側から見ると

屋上もある。。

 

 

近くには

シュザンヌ・ヴァラドンが

息子のユトリロと共に二階に下宿していた

「メゾン・ローズ」

という小さなレストランも残っており。。

 

 

さらに

当時の売れない貧乏画家のために

パリ市が無償で貸与した

「バトー・ラワヴォワール(洗濯船)」

という名前のアトリエ兼住居の長屋も

火災の後再建されて今日に至っている。

 

 

近くの広場に

不思議なものがあった。

 

 

マルセル・エメ作の戯曲

「壁抜け男」だ。

 

作者は

実際に男の役を演じた

マルセルの親友で恋人だった俳優で

彫刻や絵画でも知られている

「ジェラール・フィリップ」その人。

 

 

なんと

偶然なことに

丘の斜面の小道で

小さなアトリエかギャラリーみたいな店のウインドーに

原型と思しき石膏像が

置かれていたのを見つけてしまった。

 

こんなところに。。

と小さな発見と偶然とにに驚いた私でした。

 

 

今日のパリは雨中の熱狂

 

4月7日日曜日のパリは

朝から夕刻までずっと小雨が降る

パッとしない1日

のはずが

通りは大騒ぎになっておいました。

 

午前9時半頃

すぐ近くの大通りでは

マラソンが。

 

お天気がお天気なので外出したくもなく

躊躇していたのですが

やっと午後にカメラを携えてでてみました。

 

 

 

パリ・マラソン

今日だったんだ。。

 

思い返せば

去年もこの大会を記事にしました。

 


コースになっている大通りに入る横道は

当然車両全面封鎖。

 

結局去年と同じ様にレポートする結果になってしまった。

 

長くなるけれど

どうかお付き合いをのほどを。

 

 

スパイダーマンではありません。

 

 

 

救急車が配備されてる

とおもったら

50m先に倒れたランナーがいた。

 

 

 かなり先の沿道にはAED班も。

 

 

この白い雨ガッパのスタッフは

何の係なんだろう?

 

ここから

ランナーより沿道のオーディエンスを

ピックアップ。

 

 

 

工事中で狭まったコースの真ん中!

 

 

友人が近づいて来るのを確認して

大絶叫。

 

 

 

 

散水する消防隊ですが

雨の日に必要なんだろか?

 

 

「行けトーマ」

「私達の夢のために」

 

 

フレンチフライを配るお姉さん。

 

 

受け取った幸運な男性。

 

 

「あなた殆ど到着よ

 あと 一踏ん張り」

 

 

このカットは去年も撮った。。

 

 

 

道路を横切るタイミングを待つ女性。

 

日本ではあり得ませんがごく普通です。

 

 

完走メダルを胸に

配られたエネルギー補給用バナナを手に

コースを引き返す

既にゴールした男性

 

 

同じくゴールしたママがもらったバナナを

迎えにきたパパが子供達に分ける。

 

 

 

特等席。

 

 

 

 

 

おそらく早々とゴールした南米かアフリカのランナーが

沿道で皆んなを励ます。

 

 

 

車椅子を押しながら走る

それ系の組織の三人組。

 

 

途中にDJブースも。

 

 

放水ノズルの点検中。

 

 

 

 

 

 

さっきの人そっくりだけど

違う場所。。

 

瞬間高速移動か?

 

 

「4時間30分」

と言う旗を持ったランナーがいた。

 

 

ゴールの「フォッシュ大通り」は

幅130m。

 

その道に斜めに入って

右にUターン状に曲がると。。

 

 

さあ

ゴールは目前。

 

ここからは

ランナーを観察対象に。。

 

 

いよいよ

残るは195mのみ。

 

 

ゴール近くで待っていたお嬢さんと手を繋いで

ゴールを目指す

ゼッケン6万台のお母さん。

 

 

大型ヴィジョンはゴールをくぐった先を

撮してる。

 

 

これもお迎えの家族が

ど真ん中で撮影!

 

 

撮しながら横切る!

 

 

 

最後の100mのグリーンのカーペットに

自撮りしながら。

 

 

一緒にゴールしたくて

携帯で連絡しながらパートナーを待つ女性。

 

 

四人家族が横一直線。

 

 

将来のランナーもデヴュー。

 

 

 

 

あと130mで動けなくなった男性に

既にゴールした男性が助けようと駆け寄るも

「大丈夫」と

介添を拒否して。。

 

 

緑のカーペット上を歩き出した。

 

 

左が男性

右が女性

と書いてあるものの

皆な関係なくなだれ込む。。

 

 

最初の「競技者」たちのスタート時間から

8時間以上の時間が過ぎていました。

 

 


みんな

ゴールお目でとう!!

 

 

最初に写真を撮ったのが15時30分ほどで

引き返してきて今17時すぎ

ゼッケン7万台の手を繋いで走る熟年夫婦。

 

車の交通規制はまだ続いていました。

 

 

あさから降り続いていた雨が

ほぼ止みかかっていました。

 

 

今日もパリは薄暗く湿っぽい

雨の新都心ラ・デファンス地区のグランド・アルシュ(新凱旋門)

 

4月2日火曜日の今日

お昼頃は日差しが明るくパリ中を照らしていたのに

午後からまた

曇って肌寒く

時に小雨がパラついて鬱陶しかった。

 

立春を過ぎてそろそろ2週間というのに

花曇り

というほど情緒あるわけでもない

ぐずつく日々が続くます。

 

3月1ヶ月を通じて

『八寒二温』のパリでした。

一月の半分は雨で

一日中降り続くことも多く

降らなくても

からりとした晴れ間は

三日あったかどうか。

 

気温も10度以下が結構続いた。

 

 

このブログの常連「ビィル・アケム橋」の上は

しかし天候とは無関係に

写真の「映えスポット」ということで

寒さも小雨も何のぞの

フェイスブックかなんかのインフルエンサーが

今日も派手なポーズを取っていました。

 

 

本人は大真面目なんだろうけれど

側で見る分には

痛い。。

 

 

そして

ウエディング・フォトは

雨であっても撮影日を変えるわけにはいかないので

新婚カップルも

カメラマンも

大変です。

 

 

その昔

昭和の日本では

「お櫃からおしゃもじで直接ご飯を口に運ぶと

 結婚式の日に雨になる」

なんて言うお年寄りがいたものですが。。

 

この人たちは

まさかお櫃も白米も知らなさそうだし。

 

ところで

この「ビィル・アケム橋」から

細い人工の中洲が

一つ下流の「グルネル橋」をむすんでいることは

このブログによく書いています。

 

 

その「白鳥の小径」の先端に

自由の女神が立っている事も

何度もご紹介してきましたが

その女神像の真下

中洲の先端で

カップルとおぼしき二人が面白いことをやってた。

 

 

そう

あの沈みゆくタイタニック号の舳先で

主人公たちがやってた

ポーズ。

 

気づいてカメラを向けた時には

そのポーズはもう終わってて

残念。 

 

そういえば

先週一日だけ丸々一日太陽が輝いてくれて

12〜14度くらいまで

気温が上がった日があったのですが。。

 

 

何と

まるで真夏の海辺のリゾートのような

ショーパン一枚の若者が歩いてた

まだ午前中だったのに。

 

びっくりしたw

 

しっかりエッフェル塔を撮してましたw

 

一足先に夏休み。。。

 

 

 

 

今日のパリはお魚の大騒ぎ

 

2024年4月1日のパリは

午前中は晴れて

お昼から小雨が降り出す

愛も変わらぬ不安定な一日でした。

 

まだ花が少し残ってる葉桜の背景に

エッフェル塔を写してみましたが

桜の花は

写真では見えない。。

 

ところで

今日のこの日をフランスでは

「Poisson d'Avril  ポワッソン・ダヴリル」

(四月のお魚)

と呼びます。

 

人に悪戯をして

許される日。

 

英語圏のエイプリル・フールです。

 

@CNC

 

こっそり誰かの背中にお魚をくっつける

というのが

定番の悪戯。

 

そして

RATP(パリ交通公団)が

今年もやってくれました。

 

実は

パリの地下鉄と市バスとトラムの

運行を行うこの公団は

ほぼ毎年

一部のメトロの駅の駅名表示を

この日だけ「駄洒落」の名前に付け替えるのです。

 

 

「バルベス・ロッシュシュアー」の駅の表示を

『バスケット・ロッシュシュアー』と

変えてくれちゃいました。

 

今年はオリンピックの年という事で

どうやらスポーツ絡みらしい。。

 

 

「トロカデロ駅」は

『トロカノエ』と。

 

ちなみに「canoë」フランス語で

カヌーの事です。

 

 

「ベルシー駅」は

『ベルシクリスム』だった。

 

ベルシーの最後の音を

自転車競技「シクリスム」と繋いだ駄洒落。

 

 

「セーヴル・バビロン駅」は

なんと

『セーヴル・バドミントン』

になってる(笑

 

 

そして

「アレクサンドル・デュマ駅」は

『アレクサンドル・デュマラトン』!

 

デュマの最後の「マ」から

マラトン(英語でマラソン)と繋いでしまってるww

 

 

「Crimée クリメ駅」は

『Escrimée』と。

 

「escrime(フェンシング)」を

動詞の過去分詞形の形容詞にして

「フェンシング化されてしまった」

になった(大笑

 

 

「Butte Chaumont ビュット・ショーモン駅」は

というと

『Lutte Chaumont リュット・ショーモン』。

 

リュットはレスリングです!

 

しかも

五輪だけではありませんでした。

 

 

「クリューニー・ラ=ソルボンヌ駅」

は何と

『クリューニー・ラ・ソルボッチア』

つまり

パラ競技の『ボッチャ』に引っ掛けてた!!

 

SOLBOCCIAは語呂合わせですが

あえて訳すと

ボッチャの床。。。

 

何年目かなので

そろそろネタ切れで

苦し紛れの語呂合わせが多い

とはいうものの

実際の駅名看板を作り替えてしまうんですよ

たった一日のために!

 

これらが「X」に投稿されると

以下のようなコメントが付いていました。

 

「こんなことに使う金があるなら

傷み放題の酷い施設の改良に回せよ!

このコメントは冗談じゃねえからな!」

と。

 

お怒り

ごもっともです。

 

 

今日のパリは再生の予感

 

2024年3月31日日曜日の今日は

復活祭。

 

パリ市内のとあるホテルの

入ってロビーに抜ける空間の一角に

不思議な一角が

出現していた。

 

 

造花ながら藤の花が垂れ下がり

奥にエッフェル塔を控えて

鉄製のベンチが置かれてて。。

 

 

これ

おそらくだけど

ここで写真をお撮りください

という

映えポイントなのだろう。

 

 

そのベンチの周りには

鶏の巣箱。

 

 

可愛いひよこ達も

それぞれが

自分の巣の上にチョコンと座ってる。

 

 

そして

至る所

卵たまご卵タマゴ。

 

そう

復活祭は再生の祝日。

 

そして

その「再生」の象徴が

タマゴなのです。

 

イースターエッグなわけ。

 

そして

イースターエッグといえば

チョコレート屋さんの独壇場

なのです。

 

 

毎年

この時期は定番の

復活祭の卵の話題となりました。

 

表面のなめらかな仕上がりといい

光沢といいすこぶる美味そうな

大ぶりのチョコ製卵w

 

 

今の時期のパリは

チョコレート屋さんのウインドーは

卵と

鶏とウサギと

教会の鐘の形のチョコでいっぱいになるのです。

 

大きなチョコレートの殻を破ると

中には小さなチョコレートの卵がぎっしり。

 

 

デパートのチョコレートコーナーは

各ショコラティエのスタンド毎に

それぞれ趣向を凝らした仕上げの

卵だらけ。

 

 

 

 

 

 

 

なにやら

小動物がたくさん居るデザインの店があり

定番のウサギでもなさそうだし

よっく見ると。。

 

 

キツネだった。

 

しょかも

和風のテイストの狐。

 

これも

ジャポニスムからのデザインなんだろうか?

 

 

卵型の缶入りも。

 

 

そして

ついには。。

 

 

 

 

カゴの中に山積みという

売り方の卵チョコも。

 

木久扇師匠じゃないけれど

まるで

ミネソタの卵売り!?

 

 

そして

近年のトレンドが

スーパーの卵パック

みたいな作りのセット。

 

この写真のように実物大

しかも本物の卵の殻入りのもあれば。。

 

 

うずらの卵大も。

 

12個パックや

18個パックまである。

 

ブラックも

ミルクチョコも

ホワイトも

うずら模様も。

 

 

お菓子フロアーのギフト・コーナーには

フランスでは定番の

バスケットに各種取り合わせてパラフィンで包装した

ギフトパックの中身が

チョコの卵

というのもありました。

 

 

スーパーにも特設のコーナーがあり

お手軽なお値段の

大量生産メーカーの

卵とウサギと類似のイースター用チョコが目にも鮮やか。

 

 

大メーカーの卵パックが

「2個目半額」

で売られておりました。

 

ちなみにヨーロッパでは

季節限定商品が

その時期を過ぎても

生産品が売り切れるまではずっと売られています。

 

クリスマスのビュッシュも

年明けの一月になっても

ずっと同じ値段で売られていて

こちらに来たばかりの頃

初めて目にしてびっくりした。

 

ところ変わればと

目から鱗でした。。

 

というわけで

今の嫌な世の中は

一刻も早く「再生」されてほしいと

切に願うものであります。