今日もパリの街角で

数枚の写真とともに パリの日々刻々をご一緒に

今日のルネッサンス(再生)

 

パリの大聖堂

『カテドラル・ノートル=ダム・ド・パリ』

が火災にあって5年目を迎えました。

 

1月10日水曜日の寒い寒い夕刻

シテ島のそばに行ってみたら

崩落した尖塔の再建がついに始まっていました。

 

 

800年を経た屋根の木組みが

おそらく漏電による失火で燃え上がり

十字架型構造の教会建築の交叉部の尖頭が燃え落ちて

石造りアーチの天井を突き破り

倒壊しました。

 

 

地上高45mの屋根の上に

表面に250tの鉛板を貼った

同じく250t栗の木で組み上げた尖塔は

合計500t。

 

Photo by ©MLevrierGuillaume

当然消失していない屋根も

頑丈な石組の天井も突き破って落下し

屋根の殆どを消失し

交叉部の天井を崩壊させてしてしまったのです。

 

 

火災から4年後の

オリンピックイヤー(つまり今年です)には

屋根と尖塔を再建する予定でした。

 

 

石造りの重たい天井の重量は

ゴシック建築最高の発明である「飛び梁」で

外に逃して控え柱に吸収していたのですが

850年ほどの長期間で

乾燥し尽くして非常に脆くなっていた筈で

保持に非常に神経を使ったとか。

 

 

 

木製の補強財で保持しながら

屋根と尖塔を再建したあと

数万トンとも言われる放水を受けた飛び梁が

以前と同じように支えて行けるか

構造上の力学計算が大変な作業だったそうです。

 

 

屋根の木組みの再建のために

フランス全土の森から

最初1000本

追加でもう1000本

樹齢数百年の樫を中心に厳密に選んだ木々を

伐採しました。

 

アルマダの海戦でスペインの無敵艦隊を破り

海洋支配圏を手にしたイギリスに対抗出来る様に

マザランとリシュリューが

艦船建設用に全国に植林した樫の木が

今回の作業に大きく貢献してくれたそうです。

 

 

3年半に及ぶ強度計算がおわって

昨年9月から実質的再建工事が開始されました。

 

そして昨年12月はじめ

天井の再建とその強度確認とがなされて

その上に尖塔を組み上げるために

木組みの構造部が乗せられたばかり。

 

 

木製尖塔の被覆は

当時の様に鉛になるのか

あるいは鉛害を避けるために亜鉛版にするのか

よくわかりませんが

全体を足場が取り囲み

煌々と照明が灯されているこの光景に

なんだか

やっと希望が湧いて来たのでした。

 

 

シテ島の横を

工事中のカテドラルに向けて

セーヌ河クルーズの船が進んでゆきます。

 

夢の様な

美しい光景でした。