今日もパリの街角で

数枚の写真とともに パリの日々刻々をご一緒に

今日の「ちょっと寄り道」ロワールのほとり ③

旧市街「プリュムノー広場」

トゥールは大学都市です。

 

日本ではありとあらゆるところに大学があり

駅の有る所必ず大学ありということで

一昔前に

「駅弁大学」などと揶揄されたこともありましたが

高度な専門的学問を

ユニヴァース(宇宙的=普遍的)に学ぶ場としての

大学の発祥の地ヨーロッパでは

大学は数が限られていました。

 

トゥール郊外で生まれた

大哲学者「デカルト」の名を冠して

ここの大学は『ルネ・デカルト大学』と

名付けられています。

 

 

南北の目抜き通り「ナショナル通り」の北側の河岸に

文学部があり

デカルトの大理石像が立っています。

 

若くしてイエズス会の学院で学び

形而上学的考察を始め

欺く神と悪い霊を念頭に置いて「神の存在証明」を行い

自然哲学を主唱して物理学上の慣性の法則を唱え

同時代のガリレオ・ガリレイの影響で

宇宙論を発展させ

数学的二次元座標を考案し

オランダ(新教国)で「無神論者」と糾弾を受け

スゥエーデン女王に文字通り三顧の礼をもって招かれて

講義をするうち

女王をカトリックに改宗させ

....

等々正に偉人です。

 

私はこの文学部で

渡仏後最初の1年間学びました。

 

 

この「ナショナル通り」の北半分は

第二次大戦で占領ドイツ軍への米軍の爆撃で破壊され

再建時に道幅が広げられました。

 

16世紀の大文学者「フランソワ・ラブレー」が住んだ家

はそのときなくなってしまいましたが

バルザックが生まれた家の位置には

銘板が立っています。

 

 

「この位置にあった家で

 1799年5月20日バルザックは誕生した」

 

その辺りから左に入って行くと

冒頭の写真である「プリュムノー広場」があります。

 

戦火を免れた

15〜16世紀の木組みの家が残っており

この街の一番観光ポイントです。

 

 

レストランがた多く並び

学生達が集います。

 

 

この正面の建物は15世紀の家で

地上階は「ダ・ヴィンチ」という店名のレストラン。

 

 

細い小道が多く

歴史の雰囲気に浸れる絶好の場所です。

 

前回話題にした「サン・マルタン大修道院」も

このあたりにありました。

 

 

さらにこの界隈の

観光ポイントから離れた静かな住宅地の中に

「Institut de Touraine」

トゥーレーヌ学院という歴史ある語学学校があります。

 

 

ここトゥレーヌ地方は

王領だったこともあり

9種類くらいの方言に分かれるフランス語

(主に発音の違いですが)の中で

もっとも純粋に美しいフランス語をしゃべる地方

ということで

日本からの語学留学生も必ず居て

私自身も大学に通いながら

ここにも在籍して

仏語のブラッシュアップに務めたものででした。

 

当時は大学付属語学学校だったので

二重在籍が可能でした。

 

 

ナショナル通りの反対側

大聖堂の近くには

オペラハウスもあります。

 

見事な天井画と周囲の桟敷席など本格的な

美しい劇場です。

 

 

そして

駅の近くには

フランス人で世界的建築家ジャン・ヌーヴェルの手になる

コングレスホールも

異彩を放っていました。

 

寄り道はこれで終了です。