昨日は
「花屋がたくさんある」
と書きましたが
実は
「アート・ギャラリー」も実にたくさんあります。
裏通りの
ひっそりした商店街にまで。
なんだか
とってもユニーク
というか
逆にありそうというか。。
絵画と言うより
ポスターかパネル。
彫刻と言うより
オブジェかフィギュア。
元来「アート」という言葉は
「芸術」と訳されてきた通り
ある意味で「形而上的」な
日常性(形而下)を突き抜けたものでした。
言い換えると
「選良意識」の権化でもあった。
なぜかといえば
芸術の顧客が
王侯貴族か高位聖職者に限られていたら。
宮殿や教会を飾るものであって
富と権力の象徴でもあったから。
ところが
産業革命以後
王侯貴族と高位聖職者に変わって
産業資本家という町人階級が社会を主導し
アートの顧客になっていったので
それまでの芸術の属性であった
「アカデミスム」と「宮廷生活」から
「日常性」の中の「特異性」へと
変化していったわけです。
20世紀後半ともなると
アートという言葉は完全に意味が広範囲に広がって
このギャラリーのように
「ポップ」なものや
「美しくない」表現や
「ショッキング」な表現や
「扇情的」表現すらアートと呼ぶようになった。
そこで
歴史的な意味での芸術を
英語では「ファイン・アート」と呼んで
区別するようになってきたわけですが。
ここのギャラリーは
自分とこの傾向を「ファイン・アート」と名乗ってる。
いやいや
どう考えたって「ポップアート」でしょ
と言いたくなってしまい
もしかすると既にそこまで変化しているのか
と考えてしまったわけでした。
コミックの「つぎはぎ」のような脚の上に
踏ん反り返ってる「ドナルド」が
可愛いちゃあ
可愛い。
でも
これを「ファイン・アート」と呼ぶのに戸惑う
『フラ・アンジェリーコ』が好きな私は私は
化石人なんだろうか。
何れにしても
芸術が「汎用性」を身につけて
底辺を大きく広げたことは
評価されるべきなんだろう。
ポップ・ミュージシャンを「アーチスト」とよぶ
日本の現状には疑問を抱きつつも
住宅地の裏通りにこんなギャラリーがあるという事実に
瞠目しております。