今日もパリの街角で

数枚の写真とともに パリの日々刻々をご一緒に

今日の小さな瞑想者

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うららかな春の日差しのもとで

初めての公園に入ってみたら

小さな哲学者が

瞑想していた。

 

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実は

まず目を引いたのは

テーブルサッカーのゲーム盤。

 

ただし

コンクリート製で

こんなの見たことない。

 

カフェにはよくあるこの遊び道具で

ビールのグラスを横に置いた

おっさん達が

擬似サッカーに打ち興じている光景は極めておなじみだが

ここでは誰も遊んでいない。

 

そして

その向こうに

座禅を組んで瞑想しているかに見える

小さな哲学者の様なシルエットが重なっていた。

 

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その瞑想者が立ち去ったら

なんと

座っていた台はチェスのボードでした。

 

おやま

こりゃまた。

 

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その向こうには

「キオスク」に上がってボールを蹴る

サッカー少年も。

 

人口の大半は農民で

それ以外は

小商いや日銭を稼ぐ労働者

それらが人口の9割を占めた。

 

生まれて死ぬまで働いて

収入は安定せず

税を取られて

それでも生きていた。

 

人口の1割程の王侯貴族高位聖職者は

生まれて死ぬまで戦争か政争か

それ以外は

宮廷での秘めごとや晩餐会舞踏会で遊び暮らして

税金は払わなかった。

 

19世紀から産業革命高揚期を迎え

大量の労働者が定期的な収入を保証され

週に1日は休養日が与えられて

レジャーを楽しむ発想が生まれてくることになる。

 

そこで生まれたのが

野外音楽堂。

 

日曜日のミサの後

バンドの演奏で

ダンスという貴族の遊びを庶民が屋外で楽しむ

そんな時代がやってきた。

 

そのステージを「キオスク」と名付けたのです

傍で飲み物などの売店も併設されていって。

 

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時まさに春爛漫。

 

週半ばにもかかわらず

子供連れのお母さんたちがベンチに座り

我が子の元気な姿を幸せそうに見つめている。

 

5時間くらい飛行機で飛べば

戦場が。

 

家を破壊され

親子が離れ離れになって

それでもみな

必死で生きてゆく。

 

お陽様は

そんな戦争被災者たちの頭上にも

この平和なパリの公園にも

平等に降り注ぐ。

 

ミサイルが飛んでこない幸せの意味を十分に理解し

被災者達の心に寄り添える

優しさを持ちたいと

眩しい太陽を振り仰ぎながら

そう思ったりしたのでした。