うららかな春の日差しのもとで
初めての公園に入ってみたら
小さな哲学者が
瞑想していた。
実は
まず目を引いたのは
テーブルサッカーのゲーム盤。
ただし
コンクリート製で
こんなの見たことない。
カフェにはよくあるこの遊び道具で
ビールのグラスを横に置いた
おっさん達が
擬似サッカーに打ち興じている光景は極めておなじみだが
ここでは誰も遊んでいない。
そして
その向こうに
座禅を組んで瞑想しているかに見える
小さな哲学者の様なシルエットが重なっていた。
その瞑想者が立ち去ったら
なんと
座っていた台はチェスのボードでした。
おやま
こりゃまた。
その向こうには
「キオスク」に上がってボールを蹴る
サッカー少年も。
昔
人口の大半は農民で
それ以外は
小商いや日銭を稼ぐ労働者
それらが人口の9割を占めた。
生まれて死ぬまで働いて
収入は安定せず
税を取られて
それでも生きていた。
人口の1割程の王侯貴族高位聖職者は
生まれて死ぬまで戦争か政争か
それ以外は
宮廷での秘めごとや晩餐会舞踏会で遊び暮らして
税金は払わなかった。
19世紀から産業革命高揚期を迎え
大量の労働者が定期的な収入を保証され
週に1日は休養日が与えられて
レジャーを楽しむ発想が生まれてくることになる。
そこで生まれたのが
野外音楽堂。
日曜日のミサの後
バンドの演奏で
ダンスという貴族の遊びを庶民が屋外で楽しむ
そんな時代がやってきた。
そのステージを「キオスク」と名付けたのです
傍で飲み物などの売店も併設されていって。
時まさに春爛漫。
週半ばにもかかわらず
子供連れのお母さんたちがベンチに座り
我が子の元気な姿を幸せそうに見つめている。
5時間くらい飛行機で飛べば
戦場が。
家を破壊され
親子が離れ離れになって
それでもみな
必死で生きてゆく。
お陽様は
そんな戦争被災者たちの頭上にも
この平和なパリの公園にも
平等に降り注ぐ。
ミサイルが飛んでこない幸せの意味を十分に理解し
被災者達の心に寄り添える
優しさを持ちたいと
眩しい太陽を振り仰ぎながら
そう思ったりしたのでした。