今日もパリの街角で

数枚の写真とともに パリの日々刻々をご一緒に

今日の祭典 最終章 トゥールーズを歩く 2/2

 

トゥールーズは「Ville en Rose(バラ色の街)」と

呼ばれる。

 

なぜなら

街の多くの建造物が

赤煉瓦製もしくは

石と赤煉瓦の混合使用で建てられているから。

 

特に夕陽を浴びると

本当にローズピンクに照り輝いて見えるのです。

 

 

 

中心の「カピトゥル広場」を含む旧市街は

細く曲がりくねった道が多く

煉瓦煉瓦煉瓦な光景。

 

その中に

旧ジャコバン修道院のチャペルが

威容を誇る。

 

 

聖ドメニコ会修道院の

聖堂と回廊とが残っていて

その聖堂は

アルビの街の「サント・セシル大聖堂」と並んで

ミディ地方(ラングドック)という名の

南西フランスの独特の

「武装教会」の典型なのです。

 

北の勢力であるカペー朝フランス王室に忠誠を誓わず

独自の政治権力と文化を誇るこの辺り一帯を

アルビジョア十字軍という

聖戦を騙ったフランス人同士の戦いで制圧した

勝者側が地元勢力の反乱を恐れ

戦闘の際カトリックの館の権威を守るために建てた

まるで要塞の様な教会。

 

 

今では修道院は存在せず

通常のミサなども行われていないが

未だに「トゥールーズ大司教管区下」にある

現役教会であり

総赤煉瓦造りの聖堂は

平面図が十字架型をしておらず

中央の円柱の列で二分される

2身廊形式。

 

その列柱にステンドグラスの光が当たって

まだらに見える。

 

 

ここの祭壇部に

教団の重鎮でスコラ哲学の始祖

聖トーマス・アクイナス

の聖遺骨が保管されています。

 

 

この中に聖人の髑髏が安置されているそうな。

 

 

かつての別の聖遺物匣で

今は空の状態で展示されている。 

 

 

天井の重量を分散負担するアーチは

その複雑さにより「椰子の枝」に例えられる。

 

 

修道院としての遺構は

聖堂と

回廊。

 

 

および

回廊周囲の大食堂と小聖堂などが残るのみ。

 

 

小聖堂のフレスコは見事の一言に尽きる。

 

しかし

この街で一番重要な教会は

「サン・セルナン」バジリカ聖堂。

 

 

ゴシックの技術的理論が完成した

パリのノートルダム最聖堂のより25年以上遅い

1188年の着工で

ノートルダムより50年ほど遅い13世紀末の

完成にもかかわらず

北の権力の象徴だったゴシックの様式を採らず

大規模教会に適さない古い形のロマネスク様式。

 

にもかかわらず

身廊長115m

天井高21m

実に巨大な聖堂です。

 

 

身廊と翼廊の交差部の鐘楼は

65mもの高さを誇ります。

 

以下に

以前に撮影品写真も含めて

「バラ色の街」の景観をもう少し挙げておきます。

 

 

トゥールーズ国立劇場

 

ガロンヌ河に掛かる「ポン・ヌフ(新橋)」

 

 

トゥールーズの建築用赤煉瓦は

薄いの特徴です。

 

 

そして

町の西側に

あと1ヶ月もすれば

ピレネー山脈の麓の雪景色が遠望できるのです。

 

3000m超の峰々が

フランスとスペインとを隔てています。

 

フォア・グラと

生ハムと

カモと白いんげん豆の煮込み「カスゥレ」と

プルーンと

ワインと.....

 

旨し国「ミディ・ピレネー・ラングドック」の

主邑トゥールーズは素敵です。